医学生理学への核磁気共鳴法の応用:亘 弘 研究グループの歩み

 本稿は、1970年代半ばから医学生理学への核磁気共鳴法の応用を牽引した亘 弘研究グループについての記録である。

 1974年京都府立医科大学第Ⅰ生理学に、本邦の医学部において最初の核磁気共鳴装置(NMR)が導入された。科学研究費一般研究(A)「磁気能率をプローブとする膜透過機構の研究」(1974年度:2,900万円)によってPFT-100 NMRを購入した。日本電子製2.4 T電磁石のPS-100 NMR装置を、パルスFT NMRに改修し、直径10 mmの試料が測定できる1H、31P、13C、23Na NMRプローブが使用可能であった(図1)。当時は5 mm径のNMR試料管が標準だったので、10 mm径は「大口径」試料管と呼ばれた。Texas Instrumentsの16 bitミニコン(TI-980B)に4 kワードのメモリーで、2 kデータのFTTに数秒かかっていた。

  第一生理学教室員のうち、西川弘恭、吉崎和男、山田誠二がNMRの医学生理学への応用研究に取り組んでいた。亘は、「わしはESRしかわからん。NMRを買ってやったのだから、自分で勉強して論文を書け!」と言うのが口癖であった。亘はヘム蛋白質の反応中間体研究をメインに実験していたが、毎週土曜日の教室会議では、NMRの研究結果について突っ込んだ議論を闘わせていた。幸い、磯貝芳徳や赤坂一之(京大理学部)らの理工学部研究者のサポートを得ることができた。Farrar & BeckerのPulsed and Fourier Transform NMR [1]や、Slichterの磁気共鳴の原理などを輪読し、もがきつつ前進しつつあった。瀬尾は医学部2回生の1975年から亘研の輪読会に出入りするようになっていた。

 当時は、医学生理学への核磁気共鳴法の応用の黎明期で、基礎研究では、1H NMRによる生体内の水動態の研究、いわゆる不凍水の緩和時間による検出がトピックスになっていた。臨床医学への応用では、1971年に、がん組織の緩和時間延長Damadianによって報告され、1973年に、LauterburによってNMR zoomatography (MRI)が発表された。核磁気共鳴医学研究会(後の日本磁気共鳴学会)が設立されたのは1981年、国際磁気共鳴医学会の設立は1982年であり、NMR関係の学会は、NMR討論会とICMRBSくらいで、理工学系の研究者がほとんどだった。

 西川は、成瀬昭二、堀川義治、田中忠蔵らの脳外科グループの研究を指導した。1975年にEdzesやBakeyらが脳浮腫による緩和時間の延長を報告し、MRIでの脳浮腫の診断が検討され始めた時期であった。ラット脳凍結障害モデルを用いた脳浮腫のT2緩和時間研究を進め、長短二成分のT2で浮腫の経時的変化が追えること、また、治療効果が評価可能であることを示した [2,3]。これらはMRIによる脳浮腫診断の重要な基礎データとなった。

 1970年代末には、超伝導磁石が導入され、高分解能1H NMRスペクトルによる有機化学分析が一挙に進んだ。しかし、生体組織では、水のNMR信号が大きいこと、細胞内には鉄やマンガンなどの常磁性物質があること、細胞内液の粘度が高いと考えられていたこと、さらに、当時のNMRプローブは有機溶剤に最適化されていたこともあって、高分解能スペクトルのin vivo測定は否定的であった。しかし、吉崎・瀬尾は、日本電子の加川勲らと共同で、水・電解質で同調可能なRFコイルを作成し、水の巨大な信号を選択的に照射し飽和させるための照射RFコイルとNMRパルスプログラムを作成した。1979年にラットやカエル骨格筋で、乳酸やクレアチンリン酸、カルノシンなどの高分解能スペクトルの測定に成功した(図2)。一塊の生体組織からの1H高分解能スペクトルの測定は世界初であった。第18回NMR討論会では懐疑的な意見もあったが、筋収縮に伴う乳酸の産生や細胞内pHの低下のデータを示す事により、受け入れられた[4,5]。また、田中・堀川らは、ラット脳組織に応用し、N-アセチルアスパラギン酸(NAA)などのアミノ酸のスペクトルを同定し、1983年の第2回ISMRMで発表し注目を集めた [6,7]。

 31P NMRによるin vivo細胞内エネルギー代謝の研究は、1976-77年にかけてGadian, Radda, Baranyらが次々と筋組織のクレアチンリン酸、ATP、細胞内pHの測定を報告し開幕した。クレアチンリン酸は代謝速度が速いため、従来の液体クロマトグラフィー法では、なかなか安定した結果が得られなかった。また、同一組織で継時的に測定できることは画期的であった。吉崎は1978年初頭にはカエル筋の31P NMR測定を報告している[8]。無機リン酸の化学シフトによる細胞内pHの推定は、リン酸の化学的な性質もあって、懐疑的な意見が多かった。イオン強度や共存イオンの影響などについて整理し測定精度を報告した。この論文は、未だに引用が続いている(図3) [9]。

 その他、山田は矢内原昇(静岡薬大)との共同研究で、13Cエンリッチしたtetragastrinの13C NMRスペクトルの解析を行っている[10]。合成ペプチドを用いた構造と機能の解析の先駆け的な研究であった。西川・吉崎は、ザリガニ神経の23Na NMRの2成分のT2緩和時間の解析を試みていた[11]。当時は、四極子のサテライト信号が検出できるのかできないのかという根源的な問題で学会が混乱していた。後に多量子NMRによって解決されるまで、待たねばならなかった。なお、23Naの測定には周波数の近い13Cのプローブを用い、電磁石の磁場を約5%下げて24 MHzで測定していた。確かRFコイルからの63Cuの信号が紛らわしかったいう記憶がある。

 亘は、1977年12月に生理学研究所に転出したが、NMR研究グループは、第Ⅰ生理学、脳神経外科学、整形外科、第3内科、小児科、麻酔科などの研究グループが経費を共同で負担しつつ、JEOL SMR200、JEOL FSE-60E、Bruker AMX-300wb、Bruker MSL-100swb、Varian 300SWB、Agilent 7 T/200と機器更新され、現在に至っている。

 亘は、生理学研究所では、当時最高磁場であった8.45 TワイドボアNMR装置(Bruker WM-360wb)を導入した。ASPECT-2000という24ビットミニコンとDISNMR制御ソフトで、かなり自由にパルスプログラムを組むことができた。直径30 mmの超大口径NMRプローブが目玉であったが、リンゲル液を入れると周波数同調が取れず、ドイツBrukerと散々やり取りをして、なんとか使い物になった。お陰でBruker社の開発メンバーとは良好な関係を築くことができた。生理研共同研究により、村上政隆(大阪医大生理)や高見宏(大阪大学第一外科)と唾液腺や心臓の灌流31P-NMR研究を行っている(図4) [12,13]。In vivo 31P-MRSは現在では、in situ Biochemistryに無くてはならない手法になっているが、高見らが報告した31P NMRで検出されないATP(NMR-invisible ATP)は、未だに未解明の問題である。

 また、23Naや39Kなどの四極子核については、多量子NMR法を用いた細胞内電解質の研究を展開し、2度の国際シンポジウムを行い、国際的に成果を発信した(図4)[14-16]。また、曽賀美勝(岐阜大学第Ⅰ生理)は、アルブミンと結合水との磁化飽和移動を解析し、腫瘍診断の可能性を明らかにし、Cross-Relaxation Rate Imaging(CRI)を提案した[17,18]。残念ながらCRIは主流にはならなかったが、Magnetization Transfer Contrast Imaging (MTC)の基礎となる研究成果であった。

 1982年度、連合王国政府と科研費の援助によって、Topical Magnetic Resonance装置(TMR-32, 1.9T)を1年間借用した。全国から十数グループが連日実験に訪れ、日本の31P-MRS研究の基礎を築いたといってよいだろう。これらの成果を元に、江橋節郎所長の尽力の結果、1988年に2.1 Tボア径90 cmの実験用MRI装置が導入された(図5)。稼働を祝して開催された国際シンポジウム「Strategy of MRI and MRS to medical and physiological field」には、Briton Chance, Michael Weiner, Jens Frahm, David Gadian, Klaus Gersondeらの斯界の権威が出席し、国際的期待が高かった。MRI分光器は日立製臨床MRI装置を、MRS分光器は日立製R90Hを改造して運用した実験機であった。当時は臨床用MRIは2.0 Tまでしか許可されていなかったため、人体での研究は制限されたが、MRSの応用にこだわって2.1 Tを選択した。隣接して1250 kV超高圧電顕があったため、厳重な磁場シールドが要求された。そのため、直径7 m、厚さ3 cm、長さ7 mの鋼管の磁気シールドを設置した。後に、Le BihanがNeuroSpinのMRI棟の参考にしたと聞いている。

 

MRI測定自体はコンベンショナルな撮像しかできなかったが、勾配磁場の線形性がよく、画像の位置精度がすぐれており、泰羅雅登(日本大学生理学)や三上章允(霊長類研)らの研究者らが、サル脳定位手術前のマッピング、術後の評価に用い、サルの定位的MRI脳地図を公開した[19]。また、肥塚泉(大阪大学耳鼻科)は、ヒト内耳の高分解能MRIで基底膜構造の描出に成功した(図6)[20,21]。ISMRMでの発表時に、参加者がため息を漏らしていたのが印象的であった。前田宗宏(奈良県立医大放射線)は、高磁場を活かしてモルモットの腎臓の23Na-MRIを測定したり[22]、吉田敬義(大阪大学健康体育)は、ヒトの下肢運動の31P MRSによる解析を精力的に進めた[23]。

 亘は、1995年にBruker Biospec 4.7/40を置き土産に定年退官した。その後、動物実験系は永山國昭と村上政隆が引き継ぎ、2012年度まで研究を続けた。ヒト脳機能画像は定藤規弘が、2001年にSiemens Allegra 3T MRI、2015年にSiemens Magnetom 7Tを導入し、発展させた。

 最後に、生理研での研究成果は、生理学研究所技術課のサポートがなければ果たせなかった事に触れておく。高周波技術に秀でた市川修、大河原浩。コンピュータプログラムを学んだ池田明聡、高木正浩。機械工作技術に長けた佐治俊幸。実験動物をサポートした伊藤昭光らの技術課職員の日常的な技術支援によって、これらの研究は実行できた。亘は技術職員の育成・指導に大きな努力を払っていた。残念ながら、現在の大学では、技術系職員はほぼ絶滅状態である。高い安定した研究基盤を提供してくれる人材を育成し、確保する必要がある。

文献

1. 赤坂一之、井元敏明、パルスおよびフーリェ変換NMR、吉岡書店、1976

2. 成瀬 昭二, 堀川 義治, 田中 忠蔵, 平川 公義, 西川 弘恭, 吉崎 和男

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                                                                      2022年8月15日

                                                                       文責: 瀬尾 芳輝