MRIとの関わり―1980年頃―

                           荒木力(山梨大学名誉教授)

1980年は、私にとって記念すべき年です。私のその後を左右する2つのことがあったからです。一つは、生まれて初めて投稿した二つの論文1,2)がAJR(American Journal of Roentgenology)に掲載されたことです。そのうちの一つ(Dynamic densitometry of hepatic tumors)は、現在広く臨床的に利用されているダイナミックCTの嚆矢となった論文です。藪から棒に1980年といわれても、こんな年だったと思い出せる人は少ないでしょう。人気絶頂の山口百恵のファイナルコンサートが日本武道館で開かれたのが、その年の10月5日でした。そして、ジョン レノン(John Lennon)がニューヨークの自宅(Dakota House)前で銃撃され死亡したのが、12月8日でした。

「荒木君、物性研でNMRをつかって画像を撮影しているから、見に行かないか?」と1980年のある日、声をかけてくださったのが専任講師の竹中栄一先生で、その後MRIにのめり込む切掛けとなった一言でした。物性研というのは東大物性研究所のことで、生産技術研究所とともに東大六本木キャンパスにありました(2001年に柏キャンパスに移転しています)。六本木と聞くといかにも若者の繁華街というイメージですが、門を潜ったキャンパス内は静謐でアカデミズムそのものといった雰囲気でした。見学させていただいたのは、安岡研究室(安岡弘志教授)で、直径6cmボアのNMR spectroscopy内部にイメージングコイルを組み込んだNMR-CT(当時MRIはこう呼ばれていた)を用いて、野菜のオクラを撮影していました(ボアが小さいので、小さい対象しか撮像できない)。その時は気が付かなかったのですが、のちに国産最初のNMR-CTの治験(臨床試験)で一緒になる東芝の錚々たる面々が、ここで共同研究をしていたということをお聞きしました。余談ですが、10年後くらいに、防衛医大教授となっていた竹中先生の依頼で、画像診断の講義に行きました。医学生は全員制服を着用し、「起立、礼、着席」で授業が始まりました。警察学校で授業した時も同様でしたが、気持ち良いものです。講義内容は覚えていませんが、授業前に竹中教授がおっしゃった一言が今でも忘れられません。

「CTやMRIは話さなくていいから、レントゲン診断だけにして。戦場にはCTもMRIも無いから。」

1982年3月、国産最初のNMR-CTの治験のために東芝中央病院にBrucker製空芯常伝導4コイルシステム(0.15T)と投影再構成法を利用したNMR-CTが搬入されました。東芝総研の井上多門、佐藤幸三、巨瀬勝美、東芝医用機事業部の鈴木宏和、東芝メディカルの佐藤昌孝さんらが、額に汗しながら、あーでもない、こうでもないと話しながら作業していました。被験者は最も若い巨瀬さんが務めることが多かったように記憶しています。聞いていても物理、数学、工学用語の連続で臨床試験担当の私には全くチンプンカンプンでした。

「あのー、わかるように説明してくれませんか?」

「そー言われても、お医者さんには無理でしょう。とりあえず、これよんでから、ね」

といって渡されたのが、Farrar & BeckerのNMR教科書3)でした。あとでわかったのですが、NMR界のバイブル的存在なのだそうです。渡されたのは教科書といっても、ジアゾ式複写の青焼きを綴じた代物で、セピア色に紫色の字と図が浮かんでいました。ここから、二次元フーリエ変換法に必要なフーリエ変換4)、拡散MRIに必要な拡散方程式5)、MRエラストグラフィに必要な波動方程式6)へとのめりこんでゆくとは夢にも思いませんでした。

この臨床試験の成果は、第二回核磁気共鳴医学研究会(現在は日本磁気共鳴医学会)大会で発表し、「画像診断」、「NMR医学」、「Radiology」などに掲載されました7,8,9)。なお前二者(1982年)ではNMR-CT、後者(1984年)ではMagnetic Resonance Imaging(MRI)という用語が使用されています。後者では反転回復(IR)法の反転時間を変えて撮像し、ボクセルごとの縦緩和時間(T1)測定を可能にし、星細胞腫、神経鞘腫、転移性腫瘍など多くの脳腫瘍は髄膜種より有意にT1が長く、脂肪腫のT1が最も短いという結果を報告しました。冒頭で述べたダイナミックCTは造影剤急速静注後の組織CT値の経時的変化に注目したものであり、今回はMRIにおける信号強度の強い影響因子である組織T1に注目したわけですが、双方に画像を数値化するという共通コンセプトがあります。

1982年後半に、島津製作所が開発しているNMR-CTを東大で治験したいという話があり、開発を担当している川口博巳、喜利元貞さんらと相談して、まず京都の島津製作所の研究所内にあるNMR-CT装置を見学、さらに被験者となって撮像していただきました。そして1983年3月、治験のために東大病院にOxford社製空芯常伝導4コイルシステム(0.15T)と二次元フーリエ法を利用した島津製作所のNMR-CTが搬入されました。東大病院といっても、全科共同利用の中央放射線部ではなく、患者さんはまず訪れることのないような放射線科の研究室の並ぶ最も奥の部屋でした。X線CTが英国EMI社によって開発発表されたのは1973年10,11)で、1976年にEMI社の市販X線CT(EMI scan)が日本に初めて導入されました(東大と東京女子医大)。このEMI scanの設置された、まさにその場所に7年後、島津社製NMR-CTが搬入されたわけです。1983年4月に山梨医科大学(山梨大学医学部)に赴任することとなった私は、この治験の行く末を知りません。山梨医科大学は新設医科大学で、すべてが0からの始まり。附属病院にはMRIはおろかCTすら存在せず、肝細胞癌化学塞栓術に明け暮れて、私のCT/MRI研究にとっては雌伏の時期となりました。

  1. Araki T et al. CT of choledochal cyst. AJR 135:729-734,1980.
  2. Araki T et al. Dynamic CT densitometry of hepatic tumors. AJR 135:1037-1043,1980.
  3. Farrar TC, Becker ED. Pulse & Fourier transform NMR (Introduction to theory and method. ) Academic Press,1971.
  4. 荒木力。決定版MRI 完全解説第2版。学研メディカル秀潤社、2014.
  5. 荒木力。拡散MRI ブラウン運動、拡散テンソルからq空間へ。秀潤社、2006.
  6. 荒木力。エラストグラフィ徹底解説 生体の硬さを画像化する。学研メディカル秀潤社、2011.
  7. 荒木力他。NMR-CTによる頭蓋内占拠性病変の検出。画像診断2:777-786,1982.
  8. 荒木力他。NMR-CTの臨床応用。NMR医学2:71-76,1982.
  9. Araki T et al. Magnetic resonance imaging of brain tumors. Measurement of T1. Radiology 150:95-98,1984.
  10. Hounsfield GN. Computerized transverse axial scanning (tomography): Part 1. Description of system. Br J Radiol. 46:1016-1022,1973.
  11. Ambrose J. Computerized transverse axial scanning (tomography): Part 2.  Clinical application. Br J Radiol. 46:1023-1047,1973.