私のMRI研究の35年、そして第50回日本磁気共鳴医学会大会について
長縄 慎二(ながなわ しんじ)
名古屋大学大学院医学系研究科
総合医学専攻高次医用科学講座量子医学分野教授
私は臨床業務に従事する放射線科診断専門医であり、開発者というよりはユーザーサイドの人間です。様々な企業との共同研究には関わらせて頂いておりますが、日本のMRIの歴史にどの程度貢献できたかわかりません。そんな私に執筆依頼が舞い込んだのは、我が国における本格的な臨床用MRI装置の普及開始と同じくして放射線科医のキャリアを始め、臨床用MRIが最も大きく発展、変貌してきた歴史を身をもって体験してきたであろうという年代であることと、さらには、日本磁気共鳴医学会の第50回記念大会の大会長を2022年9月に務めたためと思われます。本稿では、私の今までの研究の流れを前半に、そして日本磁気共鳴医学会の第50回記念大会のことを後半に述べさせていただきます。
私が名古屋大学医学部を卒業したのは1987年で、丁度、日本の大学病院にMRI装置が入り始めた頃である。静岡県の袋井市民病院で初期研修中であった私は、週末に浜松医大の書店に赴き、情報収集をしていた。当時はインターネットはなく、新しい本を見るためにわざわざ車で45分もかけて書店に行ったわけである。そのとき、平積みになっていたMRIの洋書の表紙に矢状断の脊椎の画像が載っており、それを見て、このMRIというものを勉強してみたいと思い放射線科へ入局することとなった。
名古屋大学の放射線科は1954年開講で、初代教授はX線CTの原型となった回転横断撮影法や現在の高精度放射線治療のIMRTの原型の原体照射法を開発された高橋信次先生である。(図1)そのため、私が入局した当時の名大放射線科は、ノーベル賞につながらないような研究はしてもしょうがない、臨床的な小さな論文なんて書いても仕方ないという空気があった。一方でそれに甘んじて、英文論文業績がなかなか出てこない低迷期でもあった。
当時、名大放射線科の教授は佐久間貞行先生で、私の学生時代に病院長や医学部長を歴任されたかなり偉い先生であった。それでも入局したての私に、”長縄君は手先は器用かね? サーフェスコイルを巻いて作って、耳に当ててMRを撮ると前庭水管がみえるかもしれないよ”とおっしゃった。そのときは、よくわからなかったので、”はい、勉強してみます”とだけお答えしたが、心の中では、サーフェスコイルって何?前庭水管って何?という状態であった。思えばこれが、長い長い内耳MR研究のスタートとなった。夜な夜なMRの勉強をし、技師さんの撮影現場を後ろで見ながら操作方法を覚え、内耳の解剖も勉強して、前庭水管がメニエール病においてとても重要であり、当時、多軌道断層やCTで盛んに研究されているのを知った。
当時名大病院に導入されていたGEの1.5T Signaにはまだ高速スピンエコーもフェーズドアレイコイルもなかったが、3 inchと5 inchの円形サーフェスコイルは付属していた。それほど手先が器用でもなく、電気工学の知識もない私は、当然、製品のサーフェスコイルを使用した。恐れ知らずの新人でも流石に最初からヒトで試すのは躊躇されたので、まずは乾燥側頭骨を水に浸して、自分でCTを撮影して前庭水管描出のための至適な撮像断面を決めた。当時は、3D撮像はまだ一般的とは言えず、2D-SEも撮像時間が長いので、ヒトでは断層面を決めて、一発で勝負するしかないと思った。いろいろやっているうちに矢状断のプロトン密度像が良いということがわかり、ヒトで試してうまく行った。日本医学放射線学会中部地方会で発表し、私の先代の教授となられる当時助教授の石垣武男先生のご指導のもと日本医学放射線学会雑誌(和文)に投稿して、掲載された。これで私の研究生活のスタートである。(図2)
その後、関連病院などを経て、1992年に大学の助手(今で言う助教)にしていただき、ロータリー財団奨学金を得て、当時最先端のGEのMRがあったミシガン州立大学放射線科へ留学した。そこで、主任教授のE. James Potchen先生(当時、60歳)に指導を受けた(図3)。といってもあまり具体的な指導はなく、Potchen先生が作られたMR angio clubのミーティングに出ているときに有名な先生の講演をワクワク聞いている最中に、Shinji, let’s go to eat Sushi!と無理やり寿司屋に連れて行かれたりした。また、別のときに、留学中の研究テーマの相談をしているときに、先生がおっしゃった言葉:Shinji, why do you research? I do it just "to have fun".
という言葉をニッコリとウインクしながらおっしゃった姿が強烈で、ずっと心に残っている。その言葉通りに、私も30年以上、MRIの研究をしてきた。とにかく豪快な方ですが、人生においては、Integrityが最も大切だとおっしゃっていた。人生の師のような方ですが、2022年8月20日に享年89歳にてお亡くなりになった。さて、ミシガン州立大学での研究は、つぎのようなことを行った。2D-cine PCでの流れの定量を用いて食事負荷前後の上腸間膜動脈と下腸間膜動脈の血流測定をした。食事負荷に自分で選んだエンシュアリキッドが美味しくなかった。また留学中にEPIが使えるようになって、呼吸停止下の肝臓の撮像法の多種比較など行った。これらは帰国前から帰国後にかけて英文論文化した。1,2
我が国への3T装置の導入をめざし、東芝との共同研究でBruker社製の全身用3T装置を名古屋大学へ導入することとなった。この装置のあるドイツのライプツィヒにあるマックスプランク認知神経科学研究所へ短期留学した(図4)。これには日独放射線医学交流計画の奨学金を頂いた。後に自分がこの組織の日本側代表幹事になるとは思いもよらなかった。ライプツィヒでは、David Norris博士の指導の元、fMRIの研究を行った。短期の滞在であるため、簡単に結果が出ると思われた呼吸停止と過呼吸のブロックデザインによる負荷でSE-EPIとGRE-EPIの比較を行った。これはJMRIへの掲載となった。3 血管反応性についての本研究は臨床研究にもつながった。4
PhDの方々と緊密に仕事をしたのはとてもいい経験となった。彼らの論文がrejectになったときの落ち込みようは我々MDから見ると過剰と思えるほどであった。死んじゃうんじゃないかと心配するほどであった。結局は、MDには最後には臨床という逃げ道があり、MDの研究はやはりすこし片手間なところがあるのかな~と自分の甘さを反省した。
その後、帰国してからはシーメンスの3T装置(TRIO)の国内での薬事承認を得るための臨床治験を名古屋大学と小牧市民病院で行った。装置があるのは名古屋大学のみであるが、厚労省から、複数施設で行うようにとの指示があり、患者については、小牧市民病院からも連れてきていただいた。
その過程で、脳については、variable flip angle 3D-TSEのSPACEを使用した3D-FLAIRや様々な臓器の拡散強調画像に興味を持ち、数多くの論文を出版した。5–9
さて、メニエール病は原因不明で、診断基準には確定するには、内リンパ水腫の証明が必要とあるが、これを患者が存命中に行うことは不可能であった。さて、私の研究の本筋の内耳のメニエール病の本態である内リンパ水腫のMRIによる描出であるが、いろいろな試みを手を変え品を変えずっと続けていた。この過程でMRIの装置の使用方法について、かなり詳しくなったと思う。2006年にガドリニウム造影剤の静脈内投与で内耳リンパ液の造影効果が3D-FLAIRで観察できるが、内リンパ腔の明瞭な描出には至っていなかった。(後から画像を見ると、実は内リンパ腔は認識可能であったが、人間、見たことのないものは認識が難しい)10
この基盤的な研究があったので、転機が2007年に訪れたのだと思う。
上記論文の結果を共同研究者である当時の名大耳鼻科教授の中島務先生(現名誉教授)と討論していたとき、中島先生が、”静脈内投与で濃度が足りないなら鼓室内投与をしてみましょう”とおしゃった。倫理委員会の承認のもと、MR造影剤を8倍希釈して等張にして患者の鼓室内へ投与して、様々なタイミングで3D-FLAIRの撮像を行った。結局、鼓室内投与後24時間後に撮像すると内耳外リンパの全体にガドリニウム造影剤が行き渡ることがわかり、メニエール病患者における内リンパ水腫の世界初の明瞭な描出であった。(図5)11
その後はパルスシークエンスの改良を重ねて低濃度ガドリニウム造影剤への感度を高めて、ついに2010年通常量ガドリニウム造影剤の静脈内投与4時間後撮像で内リンパ水腫描出が可能となった。その後は、世界中の多数の施設で行われるようになった。12
パリのモンパルナス墓地にあるメニエール先生のお墓にもご報告に行った。(図6)
プロスパー・メニエール先生の奥様は放射線の単位で有名なアンリ・ベクレル先生の伯母であり、この場所は、放射線医学と耳鼻咽喉科学の交差点のような場所であると気づいた。
その後も内耳MRIの研究は続けていたが、ガドリニウム造影剤静脈内投与4時間後の撮像を数千例行っているうちに、特に脳腫瘍などの無い症例でもCSFや基底核の血管周囲腔へガドリニウム造影剤が移行することがわかった。丁度2014年頃からガドリニウム造影剤の脳内沈着問題が話題となっていたこともあり、2017年のホノルルで行われたISMRMのplenary sessionの演者を務めさせていただくこととなった(図7)。関連する論文が後にMRMSの20周年最優秀論文賞というとても重い賞をいただくこととなる。13
このころからglymphatic systemについての研究に興味を持ち、名古屋大学へ異動した田岡俊昭先生と研究を進めることとなる。田岡先生の開発されたDTI-ALPS法(ALPSの名前だけは私が考えた)は造影剤を用いないglymphatic system評価方法として世界中で使用され、40以上の追試論文がすでに出版されている。14
現在、内耳のMRI研究についてもglympahtic systemの研究についても新たな展開を目指して論文を投稿中である。詳細は査読中のため控えさせて頂くが、研究者としてはまだまだ現役を続けたいと思っている。
さて、後半は第50回の日本磁気共鳴医学会大会について記載する。歴史と言うにはまだ新しいが、記憶が新しいうちに記載しておく。
この大会は、2022年9月9日(金)~9月11日(日)に名古屋国際会議場をメインとしてハイブリッド形式で開催した。オンデマンド配信は10月20日まで続いた。
本大会のテーマは第50回の節目の記念大会であることを考慮して、MR unlimited; Towards 100とした。このMR unlimited: Towards 100には、MRの無限の可能性を我々はまだ使い切っていないので、100%使えるように頑張ろう!そして100回大会を目指そう! という思いを込めた。(図8)
第50回の記念大会ではあるが、日本磁気共鳴医学会大会は学会創立当初は春と秋の年2回開催であったため、50周年記念ではない。今回は、過去を振り返るというよりはあくまで未来志向の大会に建設的な議論ができるような場を提供できるように、副大会長の竹原康雄先生、田岡俊昭先生とともに鋭意準備を進めた。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって学会のあり方も、大きく影響を受けている。ポストコロナ時代を見据えてオンライン、オンデマンドの利便性を享受しつつ、学会の新たな形を模索するいくつかの試みを行った。ハイブリッド開催なので多くの内容をオンラインもしくはオンデマンドでも視聴できるように準備した。特筆すべき大きな変更は、以下に列記する。
1)教育講演のオンデマンド化とMeet the Teacher企画
従来、朝の時間帯に並列していた教育講演をすべてオンデマンド化した。学会開会前から視聴可能として、受講者は内容を理解した上で、Meet the Teacher企画として、会場でより深い質疑ができるようにした。
2)PowerPitch
これはISMRM(国際磁気共鳴医学会)でも行われているもので、3分程度の短い発表が連続して行われる。討論は、当該セッションの一連の発表が終了した後、会場近くに複数置かれた大型モニターの前で演者と聴衆が質疑応答を行うものである。従来の一般口演発表よりも深い討論ができたと思われる。
3)Premium lecture on demand
これは、著名な10名の研究者の講演をオンデマンドビデオ化して、大会会期中、オンデマンド期間中、参加登録者には視聴可能とした。さらにその後、一年間は学会員には視聴可能とした。
4)シーズニーズセッション
これは、新たな共同研究のための独自技術や独自のマテリアルを持った研究者とこれらの技術やマテリアルの助けを得て、新たな研究を展開したい研究者の間のマッチングを行う試みである。これにより我が国でのイノベーションが推進されることが期待できる。
ほか、第50回記念大会特別企画として、第50回記念大会特別講演(順天堂大学 青木茂樹教授)(図9)、特別シンポジウム、特別パネルディスカッションをはじめ、様々な企画を設け、次世代に向けて発信していただいた。現在、様々な立場の参加者の皆さんに必ずや楽しんでいただけるようにプログラム委員会のメンバーとともに基礎、技術、臨床についてバランス良く多数準備した。
またISMRM Japan chapter meeting (JPC)も同会場で併催した。これは田岡俊昭先生が会長を務められた。(図10) JSMRMとJPCの交流促進にも寄与できると期待される。
1800名あまりの参加登録をいただき、約半数が現地参加となった。2020年の佐々木真理先生の大会は完全WEBとなり、2021年の黒田輝先生の大会は、ハイブリッドで現地参加も可能であったが、まだ現地参加はかなり少なかった。2022年はコロナ禍からの回復が本格化して、一部の会場では立ち見が出たり、ランチョンセミナーの弁当がなくなってしまうという状態でもあった。
さてこの50回記念大会で、大会長として最も伝えたかったのは、学会は楽しいということ、そして研究力が低下してきているという日本において、若者に伝えたい事は何であるかをみんなで考えようと言うことである。多くの方から、楽しかったとの感想をいただいている。また賞品のレゴも楽しんでいただけたようである(図11)。我が国の研究力の向上に寄与したかは今後の判断となるが、少しでも寄与できたなら望外の喜びである。
来年は軽井沢で東大の阿部修先生が大会長をされる。さらに現地参加が増えて、face-to-faceの議論が活発に行われることを期待する。
参考論文
1. Naganawa S, Cooper TG, Jenner G, Potchen EJ, Ishigaki T. Flow velocity and volume measurement of superior and inferior mesenteric artery with cine phase contrast magnetic resonance imaging. Radiat Med 1994; 12:213–220.
2. Naganawa S, Jenner G, Cooper TG, Potchen EJ, Ishigaki T. Rapid MR imaging of the liver: comparison of twelve techniques for single breath-hold whole volume acquisition. Radiat Med 1994; 12:255–261.
3. Naganawa S, Norris DG, Zysset S, Mildner T. Regional differences of fMR signal changes induced by hyperventilation: comparison between SE-EPI and GE-EPI at 3-T. J Magn Reson Imaging 2002; 15:23–30.
4. Hund-Georgiadis M, Zysset S, Naganawa S, Norris DG, Von Cramon DY. Determination of cerebrovascular reactivity by means of FMRI signal changes in cerebral microangiopathy: a correlation with morphological abnormalities. Cerebrovasc Dis 2003; 16:158–165.
5. Naganawa S, Sato C, Nakamura T, et al. Diffusion-weighted images of the liver: comparison of tumor detection before and after contrast enhancement with superparamagnetic iron oxide. J Magn Reson Imaging 2005; 21:836–840.
6. Naganawa S, Sato C, Kumada H, Ishigaki T, Miura S, Takizawa O. Apparent diffusion coefficient in cervical cancer of the uterus: comparison with the normal uterine cervix. Eur Radiol 2005; 15:71–78.
7. Sato C, Naganawa S, Nakamura T, et al. Differentiation of noncancerous tissue and cancer lesions by apparent diffusion coefficient values in transition and peripheral zones of the prostate. J Magn Reson Imaging 2005; 21:258–262.
8. Naganawa S. The Technical and Clinical Features of 3D-FLAIR in Neuroimaging. Magn Reson Med Sci 2015; 14:93–106.
9. Naganawa S, Kawai H, Fukatsu H, et al. High-speed imaging at 3 Tesla: a technical and clinical review with an emphasis on whole-brain 3D imaging. Magn Reson Med Sci 2004; 3:177–187.
10. Naganawa S, Komada T, Fukatsu H, Ishigaki T, Takizawa O. Observation of contrast enhancement in the cochlear fluid space of healthy subjects using a 3D-FLAIR sequence at 3 Tesla. Eur Radiol 2006; 16:733–737.
11. Nakashima T, Naganawa S, Sugiura M, et al. Visualization of endolymphatic hydrops in patients with Meniere’s disease. Laryngoscope 2007; 117:415–420.
12. Naganawa S, Yamazaki M, Kawai H, Bokura K, Sone M, Nakashima T. Visualization of endolymphatic hydrops in Ménière’s disease with single-dose intravenous gadolinium-based contrast media using heavily T(2)-weighted 3D-FLAIR. Magn Reson Med Sci 2010; 9:237–242.
13. Naganawa S, Nakane T, Kawai H, Taoka T. Gd-based Contrast Enhancement of the Perivascular Spaces in the Basal Ganglia. Magn Reson Med Sci 2017; 16:61–65.
14. Taoka T, Masutani Y, Kawai H, et al. Evaluation of glymphatic system activity with the diffusion MR technique: diffusion tensor image analysis along the perivascular space (DTI-ALPS) in Alzheimer’s disease cases. Jpn J Radiol 2017; 35:172–178.